ると昏々《こんこん》とマホガニイの寝台でフロレンス辺まで吊されていたらしいのだ。伊太利《イタリー》女の堅気な臭にふと眼が覚めると廊下でフランス人の車掌とイタリー人の官憲とが僕を指して僕のワイシャツに僕のフランスの港の生活が絵のように書いてあると云ってわらっているのだ。そして、僕を支那の北方の商人だろうと云っているのだ。南京方面の商人が前後不覚でマルセーユからベニスあたりまで寝ているなんてことはあり得ないことですからね。てっきり僕は北方の田舎者だと思われてしまったのです。で僕はむくむく起きあがると贅六《ぜいろく》らしくだらしなく身繕《みづくろ》いして、そっと自分の服装を見たんだが、カバレット・トア・ズン・ドルの歴史がべたべたそのまま張られているのに気がついたのです。金羊毛の踊子の白粉《おしろい》が夜会服のシルレルに、アドリア海にも似た陸地の汚点をつくっていると、シルクハットには女の腕に巻いた跡が緑色のリボンをつけてはねかえっているのです。胸当はとみるとセバのシャンパンで死海の水で洗濯したように波立っているのだが、胸当の間には東洋の女の唇の跡が朝顔の花がしおれたように残っているのです。
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