うと思うのです。

     2

 部屋にかえると私は壁の黄色いボタンを執拗《しつよう》に押えつけて印度女の乱暴さをのろうように苛酷に一瞬間を指の先に約束する。次の瞬間私が青い窓から近東の藍色の空を眺めていると電流にのってアダがあらわれてきて、私の夜会服に一輸のネムの花をさすのであるが、忽ち私には彼女がマルセーユの金羊毛酒場《トア・ズン・ドル》の素足の美しい踊姿となって女の耳元で、おい、Y、今晩おれにつきあえよ、と囁《ささや》く追想の女となるのであった。
 マルセーユの夜の酔泥れた女騎兵士官の寝床、売春婦の体温が軍服に滲《し》みでて、私が彼女が卒倒しない程度で号令をかけるのだが、たちまちアダが軍帽の下にクレオンで愛情を描くと、卵色の口を開いて作り声を出すと、ねえ、つきあえよ、Y。妾《わたし》の愛情、赤いポストにするまで。と、味噌歯《みそっぱ》を出してわらったのだが、金羊毛の舞踊室から無頼漢《ぶらいかん》の礼讃を象徴するような意気で猥雑《わいざつ》なタンゴが響いてくると、急に奔放な馬のような女となって、
 ――Y、おれはお前が好き、お前なしでは生きていられぬ妾の生命、と、なまめかしく云
前へ 次へ
全24ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
吉行 エイスケ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング