に懐古的な黒い騎士の心をもって、
 ――アダ、できることなら貴女のために私は何かすることはないかと思うのです。
 すると彼女は夫の寝室を訪れた英国の女らしくドアを閉めながら、では、お寝みなさい。と、云うとそのまま扉《ドア》が固く閉ざされてアダの足音は遠く消えてしまうのであった。
 翌朝、私は馬車でオスタ島の砲台附近の印度のイサックの別荘に招かれて、黒奴《ニグロ》の紳士と会談するのであったが、でかけるときにアダは私に姿をちらとみせると故意に姿を隠してしまった。赤丸平家に帰ってからもいたずらに空中に聳《そび》える時計台の白い針のみが部屋の窓に侵入して私をいらいらさせた。その翌日は彼女は私に姿さえ見せないのである。私はあわただしい一日を西北のマラバ丘の六個の円筒を見てくらした。土人街では女達がわめいている。スークル・カ・バッチャ、この豚の子奴!

     3

 孟買《ボンベイ》埠頭の藍色の海に室蘭丸が碇泊していた。午前五時出航なので船客は日が暮れると乗船を始め、私は午後九時頃に及んで荷揚場から黒奴に案内されてデッキに昇っていった。そこから孟買の港に船遊びする富限者船の燈《あかり》が明滅す
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