に潜入したことを告げ、彼は嶮《けわ》しい眼を閉じるとボロジンの南昌入によって新たな時局の転廻となるか、恐らくは最期の瓦解《がかい》となる二つの道を告げるのであった。
舞踊場で未来の墓誌銘に現代の道徳を刻んだ同志と、レムブルグ美容院の舞踊場の楽隊の奏でる哀悼歌に合唱して、米良は柩車のように螺旋《らせん》をえがいて踊りながら、彼は絶えず東支那海の電信夫がもたらす秘密結社の女シイ・ファン・ユウの恋の便りを受取った。いまになって彼は恋の力持ちが辛うじて同志の体面を維持していたことを知るのであった。レムブルグの電信室の受信器には女に変装して上海に逃れた重慶共産主領|楊闇公《ようあんこう》の銃殺を暗号電報は報ずるのであった。
マダム・レムブルグは商取引所に於ての最近の銀の相場の高騰にあって、軍閥の勝利をたしかめると同時に同志の破滅を予感した。
陳独秀が呉松路通インタナショナル理髪館で変装して上海の共同租界から各国兵の監視をくぐってオランダ船で逃れた当日は、彼は失業工人の一団を率いて特別戒厳令のなかに潜伏していた。ガロンはロシア人共産党員とともに上海に入ると、直に大馬路の一隅で露支共産会合が開かれ、赤衛軍の決死隊が組織され、党員徽章が配付されると労農領事館には青天白日旗とソビエット・ロシアの聯邦《れんぽう》旗が交錯して掲げられた。
エムパシー・シアターではアグレヴナースラビアンスキー一座がロシアの十七世紀のクラシック・オペラを開演していたが、何故か時刻になっても開場せず、出所不明のインタナショナルの放送ラジオが放送局の演劇ラジオと空中で火華を散らして戦った。マジエスチック・ホテルのティダンスは閑散として、ロシア人の踊子の赤い踵が見えず、他の金髪美人連がアクビをかみころしていた。赤色のテロリズムが東西の紡績工場を襲ったのが午後七時、黄埔《おうほ》軍官学校の軍艦飛鷹から飛行機が一台、上海の空に火薬庫を装置した。
ボルシェヴィキに反対する白系露人が工部局のロシア義勇兵に続々加盟して、ガーデン・ブリッジ、四川路《しせんろ》橋、蘇州橋等の橋上に哨兵《しょうへい》小屋を急造して警戒を始めた。四馬路《すまろ》の雑踏のなかで支那人の労働者が過激の渡説を始めたが忽《たちま》ち警吏のために捕縛《ほばく》されてしまった。北京停車場の一号プラット・ホームに南京発列車が到着すると、奇襲弾薬が
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