面に磔《はり》つけにされた同志が、石塘嘴の不夜城に暗黒な心を抱いて一夜を明すのであった。
夜が更けると、米良は陳子文とイサックを伴って電車路からクインス・スタチウの花園の附近にあるマダム・レムブルクの夜の家を訪れる。
もとロスアンゼルスにいた奔逸なレムブルグは若い急進派の恋人を紐育《ニューヨーク》のユニオン・スクエヤーで反動団体のために銃殺されてから港々に赤い花を生長さしたが、其後マルセーユのカバレット・トア・ズンドルの踊子附の美容師となり、後孟買から香港にやってきてレムブルグ美容院を開いて、豚毛と女の髪の毛を文咸《ぶんかん》街の取引所に提出して数年、彼女は近代の革命の顔と共産主義を奉ずる労働者の赤い顔を見知ってしまった。
彼等はマダム・レムブルグの家でアングロ・サクソンの英諾威《えいノルウェー》人、ケント族の仏伊人、スラブの露墺《ろおう》人、アイオニアンの血族|希臘《ギリシア》人の商人、オットマン帝国の土耳古《トルコ》人等と夜食を共にするのであった。彼女は彼等に貴族の末路を象徴するブカレスト生れの軽騎兵の肖像と、人間の過去のミイラと、女の踵《かかと》を提供した。レムブルグ美容院で女の肉体を占領した同志は同時に自己の領地を外国に棄てたのであった。
フィリッピン人のジャズ・バンドが大広間で演奏を始めると、酒杯の味覚が米良を興奮さし、踊子の赤いエナメルの靴尖《くつさき》に打ちつづく自己の災難を忘れて、断髪した朝鮮女と、口唇《くちびる》を馬のように開いて笑う日本女、猫背の支那女、眼脂《めやに》の出たロシア女、シミーダンスの得意なマレー女、計算を爪のなかにかくした独逸《ドイツ》女の腕から腕を地球を周遊するように廻りながら、マダム・レムブルグの華美な安衣裳から透いて見える胴体に潜む夜の唱歌隊を懐しい逃亡者の国土にするのであった。
彼等の陰鬱な思想の仮装舞踊、光線が性的魅力にかくれて、イサックはロシア女の巨大な腰のまわりに赤い旗を立て、陳子文は東洋人らしいどん底を日本女に見出すのであった。レムブルグを抱えた米良が舞踊場に機械が造り出した人間の造花の美と、同志の終りに近づいた純潔を撒《ま》き散らした。檻《おり》から出たミネルヴァの昼と夜とを違えた生きものの影が暗殺者の役目をした。陳独秀が稲妻のように舞踊靴の部屋に這入ってくると、彼は米良にボロジン一味が再び南昌から漢口
前へ
次へ
全14ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
吉行 エイスケ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング