色に塗った魚類の食楽地獄だ。立並んだ軽便ホテルの裏街から、ホテルの硝子《ガラス》戸ごしに見える、アカダマの楼上のムーラン・ルージュが風をはらんでいる。
反対に宗右衛門町では、弦歌のなかで、河合屋芸妓の踏む床の足音がチャルストンの音律となり、はり半のすっぽんの霊に幻怪な世界を展開している。
私は西道頓堀の縁切路地の附近にある、古典書にまじって、横文字のマルクス経済学書もあろうと思われる、古本大学の淫書の書架の前に立っていた。
やがて、淫書の扉がひらくと、濛々《もうもう》とした紫煙のなかの客間《サルーン》から、現実の微細《デリケート》な享楽地帯が眼前にパノラマのようにあらわれた。この部屋の電気炉を囲んで談笑する紳士淑女諸君のうちから、著名な数人を読者に紹介すると、
綽名 履歴 名前
|恋の一杯売《ラブ オン ドラフト》――外国帰りの女政客――西紅葉
|性の一杯売《セキジュアリティオンドラフト》――外国帰りの女実業家――太田ミサ子
こけっとり おん どらふと――×映画社人気女優――生江幸子
|酒の一杯売《ビヤ オン ドラフト》――酒の密輸で成金になった商人――福井貂田
|思想の一杯売《イズム オン ドラフト》――マルクス主義者――林田三郎
くさった歯齦《はぐき》のにおいがした。しかし、しばらくして私はそのにおいが支那の隠画《ネガチブ》に塗られた香料であることがわかるのである。部屋の空気が女の温度を感じさせた。室内の浮気な釦穴《ばたんあな》が、多数の男性によってつくられた鋳型《いがた》のように、慇懃《いんぎん》に籐椅子にもたれていた。
茶卓のクロース皮膚の汚点《しみ》をつけて、無上の快楽については妥協政治で解決する弾力のある男女がおか惚《ぼれ》同士のように話しつづけた。
豹《ひょう》の皮のはられた藍色の壁に向って、スモオキングを着た男たちが、自分の影にむかって挨拶をしていた。だが、諸君。よく見ているとこの男はいたずらに自分の影にむかって挨拶をしているのではなかった。人造人間の弾機《ばね》によって、そのたびに粋なナイト・ドレスをつけた夜の女が、写真に絵姿となってあらわれるのだ。
耳底に女の好物でものこるように、交響楽によって嗜色人の踊がはじまると、軍隊的な組織も粋な衣服にかくれて、部屋にいる人間の甘い唾液のなかを、安南の××がとおりぬけるのだ。
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