大阪万華鏡
吉行エイスケ
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)拘引《こういん》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一|鑵《かん》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#ローマ数字2、1−13−22]
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1
北浜の父の事務所から、私は突然N署に拘引《こういん》された。
私がN署の刑事部屋に這入ると、そこには頭髪を切った無表情な少女のかたわらに、悄然《しょうぜん》と老衰した彼女の父が坐っていた。その周囲を刑事たちが取まいて、中年過ぎた警部によって私たちは取調べられた。
戯《ざ》れ絵のように、儀礼的な刑事部屋で、あぐらをかいた白毛のまじった老警部が私に言った。
「――チタ子の父から、君を誘拐罪として告訴状を提出しているのだが、君とチタ子とはどんな関係なんだ。」
私はその訊問に対して率直に答えた。
「――チタ子とは数日前、私が夙川《しゅくがわ》の舞踊場の踊りの帰路を立寄ったR酒場で会ったのです。彼女は自分の勤めている官省のN課長とやってきました。洋モスの着物に、紅帯を締めて、さげ髪に紅色のリボンを結んでいるのを見て、最初は一日恋愛の女学生かと思ったのです。チタ子は同伴のN課長が酒場に註文した甘美な混合酒を飲みながら、彼女は課長に、ヤルー衣裳店に註文した衣裳代を支払ってくれるように懇願しました。するとしばらくN課長は、ご自慢だとみえる黒髭《くろひげ》をひねっていましたが、漸《ようや》く幾枚かの紙幣を男法界《おとこほっかい》が女に烙印《らくいん》でも捺《お》すように与えて、チタ子をある処へ誘ったようでしたが、彼女は商人的な寝床が気に入らないらしく、これを拒絶すると、翌日の夜を仮約束していました。するとN課長は不満そうに立上って、彼女を置いて帰って行きました。チタ子はひどく憂鬱そうな顔をして狭苦しい椅子に埋《うずも》れていましたが、私が、自分の席へ誘うと、黙々として私の卓子《テーブル》にやってきて、
――失礼ですが、妾《わたし》を天下茶屋の家まで送ってください。
と、彼女が言いました。私はすこし酔っていましたが、チタ子に請われるままに、タクシーで家まで彼女を送りました。そして別れるとき私はチタ子に接
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