英介氏は四家フユ子のデコルテの紊れに強い感情を乱されて、
――おまい、僕と別れたいんだろう――
――ノン、あなたが妾を囲いものにするからさ。
――だが、浮気の道を封ずることは男の特権だからな。
――お可笑《かし》な生理学なんか妾、知らない。
 しかし四家フユ子は英介氏の腕輪のなかに障害馬のように飛こむと、棕櫚《しゅろ》の毛皮のような髪の毛を乱雑にカールした黄色い額の波打際を仰向けにして、ずるそうに彼にわらいかけた。
――クリスマス・イブは、おまいの古巣へ行って踊るか。
――タムラ、あなたの贈りものは?
 銀色の絞られた水平線まで彼女は片脚あげて、恋愛の条約による奥の手を英介氏にひらめかすのであった。

     3

 田村スマ子女史が眼覚めると、隣室で仕事をしていた「彼氏浮気もの」が、
――やあ、お眼ざめですか、親愛な女史よ。
――あら、お早う、いつおかえり? ご挨拶なしで………………。
 寝台から跳ねあがる音がして、黒いスカートのもとから素足のままで、フランのワイシャツに汚れたネクタイを締めながらスマ子女史は英介氏の部屋にやってきて、ストーブのまえでうずくまりながら、
――お仕事で
前へ 次へ
全9ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
吉行 エイスケ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング