声をきいたのです。それは黒衣のロオズ夫人でした。
ロオズ夫人にお別れした妾は、当分モスコーで暮すために旅装を整えて二つの彫像を二個のトランクに入れて、巴里《パリ》停車場に車を走らせました。妾が切符売場で切符を求めて、ふと妾のトランクを見た時そこには一個の方のトランクが失われていました。バルザックの寝巻姿は何ものかの為に奪われてしまったのです。
ああ! 妾は先にジョージ・佐野を失い、今また妾の魂をなくしたのです。それからの妾は孤独な花子《アナコ》の首を抱えて巴里の隅々を妾の魂を求めて逍遙《さまよ》ったのです。その中《うち》にロオズ夫人もこの世から亡くなられました。それから幾ヶ月の後か、妾は巴里停車場で紛失したバルザック像を国立のルクセンブルグ博物館で発見しました。皆様はバルザックの寝巻姿は誰の手で盗まれたかはお分りで御座いましょう。
こうした悲劇のあった後、妾は生ける屍《しかばね》となって倫敦《ロンドン》に帰って参りました。あの時から妾の内部的な生活は終っていたのです。それから幾年か経た今夜、半ば老いた私の眼の前にジョージ・佐野は帰って参りました。これはロダンさんの神聖な愛情がバ
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