海の彼方の歌劇的な情味《じょうみ》を感じた時、若い武士になった佐野が舞台に現れました。これは美しい夢の絵巻、フォーレのシチリアの女のような東洋の可憐な乙女が古い楽園のために、恋人を捨てねばならない。死骸のように疲れた佐野の衣裳に殺気が漲《みなぎ》っています。銅像のように黙した男の呼吸が、妾の踊り姿に蜘蛛《くも》のように絡るのです。それから彼の血を吐くような哀々《あいあい》の台詞が妾の心臓にサイレンのようにひびいて、妾は佐野の為に殉教者のような気持になるのでした。沈思《ちんし》な一心がすぎると妾は心臓から心臓にかけられた剣の橋を渡っていることを知りました。ふと妾がロダンさんの座席を見ると、ロダンさんが色を失って席から立上ると、両手をあげて舞台に向い、立騒ぐ観衆をかき分けて近づいていらっしゃるのです。妾は朦朧《もうろう》とした意志に危険を直覚して、ふと佐野を見ると血の附いた刀を持って茫然と突立っていました。同時に妾は温かいものが肩から乳房にかけて洪水のように流れかかるのを感じました。妾は恐怖のために大声を挙げて叫びました。そして妾は佐野の許しを乞うような一瞥《いちべつ》を意識して舞台に倒れ
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