お》れているのを見て、一座の日本女優の松子がそれと察して、ジョージ・佐野が、今日は珍らしくはしゃいで好きな場末の流行歌などを歌ってふざけていたなどと、妾に告げて呉れました。楽屋の窓から沿岸に打寄せる瑪瑙《めのう》の切断層のような波に、地中海の死んだ魚の腹が夕暮の太陽に赤く光るのが見えました。妾は急いで佐野の楽屋に這入ってみると、彼は武士姿《さむらいすがた》に扮して、鏡の前で人形のように白粉《おしろい》を真白に塗っていたのが、妾を認めると、不意にからからと空虚な笑声をたてて妾に近寄ってくるのです。妾が薄気味悪がって逃げ出そうとすると、急に妾を抱えて嫌がるのもきかないで妾に接吻しました。息詰まるような長い接吻を終えると、彼は絶望的な声を挙げて妾を突きとばしたのです。
開幕のベルが鳴って武士芝居《さむらいしばい》が始まりました。妾は長袖の友禅を着た日本の娘姿で舞台に出ると、最初に観客席のロダンさんの顔が映りました。筋は外人の喜びそうな有りふれたもので、若い武士が変心した恋人を殺すっていうような義理と人情の絡まったお芝居だったのです。劇の調子が高まって妾の情人の哀切な心を表した舞姿に異国人が
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