日本人の旅人が、この東洋風の祭壇のように怪奇な部屋に這入ると、扉に背をもたせて、彼の眼前に小さくうずくまった花子を凝視した。私達は、この突然の闖入者《ちんにゅうしゃ》の濃い髯《ひげ》でかくれた、中年の苦悩に刻まれた古銅色の顔、霜枯れた衣服の下で凍った靴に、死人のような膚《はだ》が覗《のぞ》いているのを見た。それと同時に、私達は、花子の絶望的な呻《うめ》きが彼女の唇から洩れるのを聞いた。すると、闖入者の顔には、記憶から記憶を一瞬に過ぎる深刻な影が走った。そして、それに不気味な笑いが伴うのであった。私は思わず背後《うしろ》の花子を振返ると、恐怖の号びをたてて慄然《りつぜん》としてしまった。その花子の顔こそアウギュスト・ロダンの刻んだ「小さい花子」の死の首なのであった。
併《しか》し、次の情景が私達を更に愕《おどろ》かした。不意の闖入者と花子とが緊《ひし》と抱き締めて、ものも云わずに黒い地面にうずくまったからである。
|小さい花子《プチト・アナコ》の話
ロダンさんは、一九○六年マルセーユに、カムボジヤの触妓《ふぎ》の素描《デッサン》をしにやってきたのです。当時私は、当市で開
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