と胡月の女将《おかみ》である四十前後の小柄な日本婦人花子とが囲炉裏《いろり》をかこんでいた。皆等しく注意を卓子の塗膳にのせられた粘土の彫刻に向けるのであった。
その彫刻は人間の恐怖が異常な人間の脳裡によって刻まれた、アウギュスト・ロダンの作品「|小さい花子《プチト・アナコ》」の死の首であった。トンテム・ハム・コートの伊太利人は彫刻の美に昔から物馴れた眼をそむけて、醜悪なものの前で色を失っていた。外交官の松岡は頑丈な顔を曇らせると眼を伏せてしまった。画家の山中はものに憑《つ》かれたように身動きもしなかった。その時ふと私は、老いた花子の顔の孤独の皺《しわ》を伝う幾条かの銀色の涙を見た。私の心では、彼女の影にその神秘な過去が深まってゆくのを感ずるのであった。
突然、ユーストンの街路の銀鈴の響が尾をひいて、馬の踵《ひずめ》の音が静寂な空気の中に運命的な号《さけ》びをたてた。と、同時に一台の幌馬車が胡月の前でとまると、再びもとの静寂が灰色の部屋に重々しく沈んだ。私達が思わず立上ると、同時に花子のやつれた姿がよろよろと死の首で辛《かろ》うじてささえられた。その瞬間幽霊のように扉を排して、一人の
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