さんが幽霊のように部屋に現れたのです。妾は黒衣の人間がジョージ・佐野であることが解りました。燭台《しょくだい》の青い灯に浮いた鏡の中の黒衣の人間の顔が瞬間消えて見えなくなりました。
翌日、近東行きの列車が巴里を出発する間際になって、ジョージ・佐野は死人のように、蒼ざめて一行に加わりました。佐野は始終|俯《うつ》むきがちで、モンテカルロに着くまで殆ど誰とも言葉を交しませんでした。汽車がニースの駅を出て国境に近づくと、一行は網棚から荷物を下して、身支度をととのえましたが、彼はまるで精神のない人間のように、身動きもしないで、俯むいたまま一点を見詰めていました。やがて妾達旅芸人の一行は、ギリシヤ女の水泳する腕にも似たモナコの町に着きました。妾は黄金の粉を溶かしたようなリグリヤ海を見つめているうちに、どうやら妾達の運命が逃げ腰でいるような気がしたのです。美しい女の爪のような白帆が海上を走っていました。妾は佐野の側に行って、彼の腕をとりました。すると、それまで黙々としていた彼の顔が、危険な形相に変って、邪慳《じゃけん》に妾の腕を振払うと、モナコの花開く寺院の饗宴場に向って行ってしまいました。妾は
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