・ホテルの方へあるいて行った。埠頭に碇泊《ていはく》している船舶のマストにセイラーが双眼鏡をもってよじ登っていた。
「おい、マリ、山下へのみにゆかないか。ただし俺はカイン・ゲルトだ。」
「よせ、やあ。剃刀《かみそり》を買おうよ。」
「大丸谷のチャブ屋女と間違えられるぞ。」
「ちぇ! 酔ってかいほうさしてやるぞ。こうみえてもなあ、おれは天界ホテルの令嬢マリよ。」
「へん、シンガポールから迎えのこぬうちにくたばっちまえ。」
 云いおわらぬうちに毛皮の外套から白い手がでると、私の横顔をたたいて一目散に公園横町から支那街さして駈けだした。山下町の支那語韻の街まで彼女を追跡すると支那劇場の喧噪《けんそう》な音楽の前でマリは東洋《オンアン》族を驚かすような音を立てて倒れると、地上を寝床にして唇から泡を吹きながらタヌキ寝人を始めた。支那のフオックス・トロットが劇場の地下室の踊場から聞えてきた。此界隈《このかいわい》はもと孫逸仙《そんいっせん》が亡命中の隠れ場所であった。
 私が息をきらしてマリに××りになると、彼女の額に接吻して言った。
「マリ。お前乱暴してはよくないぞ。」
 すると、彼女はずるそう
前へ 次へ
全10ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
吉行 エイスケ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング