家が黒眼鏡に面を俯せていた。しかし麗屋《れいおく》の市街にもかかわらず内容の空虚は殆んど収拾することのできない傷手《いたで》を市民にあたえていた。
数日前、私は弁天町の金銀細工の街をマリとあるいていた。マリは賛沢品の商品窓を感ずると突然競馬馬のように駈けだすのであった。ソウペイ・シルク店ではアル・ヘンティナの踊着《おどりぎ》のようなイヴニングを買約すると、マリが私に言った。
「おい此《この》ドレスなあ。黄に買わして喜ばしてやるんだ。」
「マリ、黄はお前と夫婦になりたいと云ったぞ。」
「毎夜おれが酔って、いびきかいてるうちになあ、彼奴《あいつ》そんな真似をしているんだよ。」
「よせ、冗談は。黄は子供の頃京城で結婚した女と別れて晴れてお前と夫婦になりたいと真剣だったぞ。」
「よし。こん夜は彼奴の向うずねを蹴ってやる。」とマリは馬のような口をひらいた。
ミミ母娘《おやこ》美容院では、パーマネント・ウェーブの電流が蜘蛛《くも》の手のように空中にひらいて小柄なスイス公使夫人の黒い髪に巻きついていた。私達は再び丸善薬品本店まで引返して怪しげな英語の名前を云って買物をすると、本町のニューグランド
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