イ・ホテル」のお六の亭主が東京郊外で令嬢殺しの疑いで拘引《こういん》され、娼家街《しょうかがい》のマリアとしてお六のコケットな写真が新聞の三面を賑した事件。
 それにもかかわらず、Matsu・ホテルの青い建物では満艦飾《まんかんしょく》のグロテスクな女が意気で猥雑《わいざつ》なブラック・ボトンを踊り、天界ホテルでは白痴のマリが、薔薇の花の模様のついた着物の裾を危機一髪のところまでまくって、米国水兵のまえでチャルストンをジャズに合せて踊っていた。部屋の片隅にはアオイ・ホテルから小湊へ事件後返り咲いたお六が、南京《ナンキン》刈の男のウィンクに応じて立上るとショートオオダァのために別室に消えた。

 そのころ横浜市は、あの上層の位階《いかい》にある人の来市を待つために多額の復興資金が庁より付与され、ルネッサンス式の建築の黄金塔のそびえる庁舎を中心にして、外観の美を競うようにグランド・ホテルは白い影を水に映し、鉄筋にかこまれた廻送問屋が古代の面影を失い、万国橋より放射される街路にはエトランゼに投げられる魅惑的な和風の舌が色彩をあたえ、建設を急ぐ生糸市場の肋骨《ろっこつ》の下には市を代表する実業
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