。尤も汲み出した時にはオゾンの臭気がするが、これはすぐに消失するという事である。
[#地から1字上げ](明治四十一年五月十九日『東京朝日新聞』)
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八十一
パリの高塔
有名なパリのエイフェル塔は近年しばしば無線電信の発信所に用いられたが、近頃仏国学士院のブーケ・ド・ラグリー氏はこの塔を利用して遠近《おちこち》の海岸を航海しつつある船舶に正確な時刻を電報し、航海に最も必要な時辰儀《じしんぎ》の調整をさせたらよかろうという事を建議した。仏国政府はこれを容れ、先ず手始めとして大西洋および地中海を航行する自国の船について試験をする事になったという。パリの夜の正零時に信号を発すると、海上の船は一斉に時計を験して幾何《いくばく》の遅速があるかを知る事が出来る。夜中を選んだのは畢竟《ひっきょう》無線電信には夜間の方が故障が少ないためだという。
金剛石と炭
金剛石はほとんど純粋な炭素から出来たもので、これを空気中で高熱すれば燃えて炭酸瓦斯に変る事は人のよく知るところである。近頃ある人が金剛石を真空管内に封入し、これに強い陰極線を当ててみたところが、金剛石は摂氏二千度近く熱せられ真黒な骸炭《コークス》に変化したそうである。
[#地から1字上げ](明治四十一年五月二十日『東京朝日新聞』)
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八十二
学者の犠牲
英国のホールエドワードという学者はX線のために左の手全体と右の手の指とを失った。その犠牲の報酬として年金千二百円ほどと一時金八千円くらいとを貰う事になったと伝えられる。
メキシコ人の飲料
メキシコや中央アメリカ辺で一般に飲料として賞味するパルクというものがある。これは竜舌蘭《りゅうぜつらん》の厚い葉の汁から製するそうで、近刊の某誌によれば次のような方法によるという。先ず適当の時期に大きな葉の皮を剥いて髄を露出しておく。それから一年後に、この髄を切断し根元に穴を穿《うが》っておくと切口から澄み切った汁が出て穴にたまる。この汁は丁度|椰子《やし》の汁のような味がするそうな。これを集めて革袋に貯えておくと、一種の発酵を起していわゆるパルクが出来上がる。一種の腐敗したような臭味があるが、飲んでみると存外好いものだという話である。
[#地から1字上げ](明治四十一年五月二十五日『東京朝日新聞』)
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八十三
六千年前の肉塊
近頃エジプトの医学校で木乃伊《ミイラ》の解剖分析に従事している学者がある。その研究の材料中には優に六千年を経たものもあるが、これらの肉塊を分析してみると驚くべき事には蛋白質脂酸のごとき有機成分が歴然と分解せずに存している。しかし血球などは全く痕跡もなくなっているそうである。木乃伊を作るには始め塩水に死体を漬け種々の樹脂の類を塗って固めたものらしい。これが六千年後の今日まで存しているのは、全くエジプトの空気が非常に乾燥しているためである。
[#地から1字上げ](明治四十一年六月二日『東京朝日新聞』)
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八十四
柔能く剛を制す
比較的に柔らかい鋼鉄の円板を急速度に廻転させ、その縁にごく硬い鋼鉄を当てると硬い方の鉄が容易に截断《せつだん》される。この不思議な事実を研究した学者の説によれば、鉄と鉄との触れる処は摩擦のために高熱を生じ鋼鉄が熔けて行くためであるという。
蜂の智恵
仏国学士院の報告中にボンニエーという人が次のような実験の結果を述べている。一日庭に角砂糖をいくつか出しておいたら、やがて一群の蜜蜂がこれにとまってしきりに骨折っていたが、堅くて喰い欠く事が出来ぬと見えて一時飛び去ってしもうた。少時《しばらく》して後、今度は泉水のある処から水を含んで来てそれで砂糖を溶かしその汁を吸うて巣に帰った。
[#地から1字上げ](明治四十一年六月十九日『東京朝日新聞』)
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八十五
天然色活動写真の発明
活動写真を見て遺憾に思う事はこれに天然の色彩の欠けている一事である。しかるに近頃アルバート・スミスという人が天然色の活動写真を発明してこの欠点を補うに到った。尤も以前にアイヴスという人が三色写真を応用して三色の活動写真を一つの障子に重ね映じた事はあったが、何分にも三個の器械を合せ用いるには種々の困難があって到底広く実用に適するに至らず、そのままになっていたのである。しかるに今度スミス氏の発明したものでは、たた一つの幻灯器に一枚の長いフィルムを使って天然色を現すのである。その法は先ず実物の刻々の写真を感光膜に写す際、交互に赤と緑の障子を使って
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