版が出た。この法はもと著者の父メルザル・ベル氏の考案したものである。一種の記号で文字の代用をさせ、またその記号の形によってその音を発するには舌や口腔を如何なる位置形状にすべきかという事を明らかに示したものである。この方法によって言語を発するようになった唖者は沢山あるそうな。
[#地から1字上げ](明治四十一年五月一日『東京朝日新聞』)
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七十六
空中の巡査
近刊の某地学雑誌に上のような表題を掲げて鳥類の保護を論じている人がある。その人の説によれば、鳥類が農作物の害虫を駆除する功は非常なもので、もし鳥類濫殺の結果有益な鳥が絶滅に近づく暁には、地上の植物は大半滅亡するに至るであろうというている。
植物標本の保存
植物を保存する時に一番物足らず思う事は美しい緑が褪《さ》めてしまうことである。この緑色をそのままに保存する法については色々試験をした人がある中に、数年前トレール博士は次の法を発表した。すなわち醋酸銅《さくさんどう》を醋酸に溶かしたものに植物を浸せば、葉緑素と銅との化合で不変の緑色素が出来るというのである。近頃更に発表したところによれば、この溶液を熱して沸騰しつつある時に用いる方がよいそうである。
[#地から1字上げ](明治四十一年五月六日『東京朝日新聞』)
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七十七
人を載せる紙鳶《たこ》
昔鎮西八郎が大紙鳶にその子を縛して伊豆の島から空に放ったというのは馬琴の才筆によって面白く描かれているが、ここに述べるのは昨年の暮北米での話である。大きな紙鳶に中尉某を載せて地上百六十八フィートの処まで上げたそうである。この紙鳶は蝶の羽根を立てたような形の小さい紙鳶を三千四百個ほど組合せて風を受ける表面を多くしたものである。
回々教《フイフイきょう》と新月形
回教では新月形を記章とする事あたかも基督《キリスト》教の十字架のごとくである。これは無論三日月に象《かたど》ったものだろうと思われていたが、だんだん調べてみるとそうでない。動物の爪あるいは牙で作った護身符から起った形だという事が知れた。始めは二つの爪あるいは牙の根元を糸や金具で縛ったものを用いていたが、後には一片の彫刻物で代用するようになり、後には真中の継目の痕も略されて新月形になってしまったという事がわかった。
[#地から1字上げ](明治四十一年五月十一日『東京朝日新聞』)
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七十八
写真測量
経緯機《けいいき》などを用いて測量すれば無論精密な結果を得られるが、そのかわり時間をつぶし、人を沢山に使わねばならぬ。しかるに近頃はごく軽便な誰にも一人で出来る測量法がだんだん使われるようになった。すなわち写真機一つで山河の配置なり建物の形状大小なり大体の事を知る事が出来るのである。少し精密な測量をするには特別な写真機が出来ていて、これを持出して数葉の写真を撮ればあとは机の上の仕事で立派な地図でも何でも出来る。一日野外で馳けまわる必要はない。最近の米国雑誌によれば、この種の測量にパノラマ写真機を用うれば最も簡便だという事である。
[#地から1字上げ](明治四十一年五月十五日『東京朝日新聞』)
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七十九
変った製氷法
ドイツの南部で冬期人造氷を作る法というのを聞いてみると、ちょっと変っている。先ず長さ二丈くらいの大きな櫓を作り、その天井と中段とに横木を並べて置く、そして天井の上に水道を引いてその口から噴き出す水を天井一面に散乱させる。すると小さい飛沫になって落ちる水は寒い空気に触れ、皆|氷柱《つらら》の形になって天井および中段の横木から垂れ遂には地上に達する。かくして出来た大きな氷柱を片端から折り取って氷蔵へ収め、夏まで貯蔵するのである。この法でやれば一夜に九尺四方くらいな氷塊が出来るそうな。但し気温が摂氏零度以下数度に降らねば駄目な事は勿論である。
[#地から1字上げ](明治四十一年五月十八日『東京朝日新聞』)
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八十
水の消毒
空気中に電気の火花を通ずる時一種の臭気を帯びたるいわゆるオゾン瓦斯《ガス》が出来る。この瓦斯は酸素の変形したもので非常に酸化力が強く、黴菌類はこれに遇えば皆死んでしまう。この性質を利用して飲料水等の殺菌消毒をする法が近年欧洲諸国で行われている。オゾンを作るには交番電流を特別な変圧器に通じ、この器内に生じた瓦斯を給水管中に吸い込ませるようにしてある。この法で消毒すればどんなバクテリアでも残らず死んでしまう、そして蒸餾水などとはちがって水の固有の味が少しも変らぬという利益がある
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