話の種
寺田寅彦

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)徐々《そろそろ》と

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)人口|悉皆《しっかい》でも

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から1字上げ](明治四十年九月三日『東京朝日新聞』)
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         一

      給仕人は電気

 今春米国モンタナの工科大学で卒業生のために祝宴を開いた時、ボーイの代りに電気を使って御馳走した。一列に並べた食卓の真中に二条のレールを据え付け、この上を御馳走を満載した可愛らしい電車が徐々《そろそろ》と進行する。卓の両側に陣取った御客様の前に来るごとに、宜しく召上がれと停車する。この給仕車の進退を食卓の片隅でやっていた主人役は、その学校の教授某先生であったという話である。

      磁石に感ぜぬ鉄の合金

 一に一を加えて二になるのは当り前だが、白い物と白い物を合せれば必ずしも白くなると限らぬ。合金などの性質も一般にその組成金属の性質から推して知られぬ妙な事がある。例えば普通金属中で最も磁石に感じやすいものは鉄とニッケルだが、不思議な事には鉄を七十七、ニッケルを二十三の割合に交ぜて作った合金は常温ではほとんど磁石に感じない。ハイカラ同志が結婚して急に世帯染みたという訳でもあるまいが、とにかくこの不思議な合金を航海の方に応用する事になった。一体近来の汽船には鉄を多量に使用するため、ややもすれば船体の鉄材が船の生命――羅針盤の磁石に感じて多少の誤差を起させる。さればと云って鉄の代りに他の金属を用いては高くなる。これには前述の二十三プロセントニッケル鋼を羅針盤の近傍必要の箇所に使ったらよいというので、目下ブレメンで新造中の船にはこれを採用するはずになっている。
[#地から1字上げ](明治四十年九月三日『東京朝日新聞』)
[#改ページ]

         二

      罪人を発見する器械

 近頃サイコメーターすなわち測心器とでも名づくべき器械を作った人がある。その人の説によると、人体に適度な弱い電流を通し、これを鋭敏な電流計に接続しておくと、その人の心の状態によって電流の強さが変り電流計に感じる。非常に驚いたり、また恐れたり、著しい心の劇動があると、そのために筋肉や血行に急変を起し、即座に電流が変るから電流計の鏡が著しく動く。この事を利用して重罪嫌疑者の審問に使おうというのがいわゆる測心器の目的であるそうな。先ず嫌疑者の両の手に器械の電極をシッカリ握らせておいて、色々の問を掛ける、そのうちにギックリ胸にこたえる事があると器械の鏡から反射する光線がピクリと動く。いくら平気を粧うて胡麻化そうとしても駄目だという事である。この器械がいよいよ成効するかどうかは未だ判らぬが、とにかく面白い発明である。も少し早くこの器械が出来ていてそして男三郎《おさぶろう》の審問などに使ったら面白かったろうに。

      電気療法のさまざま

 強い電光で皮膚病、殊に狼瘡《ろうそう》などを治すいわゆるフィンゼン療法は数年前から行われている。またエッキス線で照らして皮膚や血液の病を癒《いや》す事も往々あるが、しかしこの線のために癌腫《がんしゅ》を生じた例があるから注意を要するとの事。次に電気浴の新しいやり方は盥《たらい》四つに四肢を別々に入れ電気を通すので心臓病や痛風などに好いという。また強い電光に全身を浴するとトルコ風呂よりも薬になるそうである。次にちょっと耳新しいのはロシアの某医師が患者の咽喉の中へ紫色の電灯を点じて喉頭の病を治した事である。その他、中耳や眼の治療にも電灯を用いる事があるそうな。次には痛みなしに歯を抜くためテスラ電流を用いる事。このテスラ電流というのは非常に高圧なそして非常に頻繁な交番電流であるが、これを局部に通すと一時そこが麻痺してしまう、その間に手早く引抜いてしまうという趣向で、この法は他の外科手術にも応用される事と思う。次には電気按摩器械、これは以前から我邦《わがくに》へも渡っている。槌《つち》のような形をした物の中に小さい電動器《モートル》があってこれが回転すると槌がブルブルふるえる、そこで槌の頭を肩なり腰なり、すきな処へ当てれば、好い工合に按摩が出来るという仕掛けである。
[#地から1字上げ](明治四十年九月四日『東京朝日新聞』)
[#改ページ]

         三

      火災と電気

 灯用としての瓦斯《ガス》と電気と、どちらが火事を起しやすいかという事は議論の種になっているが、近頃新しい統計によると、電気から起るのが〇・一五ないし〇・二〇プロセント、瓦斯から起る方が〇・二三ないし〇・四〇プロセントだという。すなわち瓦斯の方が少し悪い事になってい
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