る。

      航海と無線電信

 遠洋航海の途中で船の位地を知るために、正確な時計を要するは誰も知る通り。しかるに長い航海の間にはどんな良い時計《クロノメーター》でも多少の誤差を生ずるのは免れ難い。この不都合をなくするには陸上の天文台で定めた正確な時刻を無線電信で海上の船に毎朝報じ時計の誤りを正すようにすればよいというので、今度カナダ政府ではこれを実行する事になったそうな。

      肉類の中の結核

 獣肉中に結核の有無を見るには従来ただこれを切開して吟味するより外に手段はなかったが、近頃ある人がX光線で透して見てすぐに病所の有無を知る事を発見した。

      カナリヤの雛

 近頃英国で、ある学者が二軒の小鳥屋についてカナリヤが生む雛鳥《ひなどり》の雌雄の数を調べてみた処、甲の家では雌百に対し雄が七十七であったが、これに反して乙の鳥屋では雌百に対する雄が三百五十三の大多数を占めていた。そこで甲の家のカナリヤを一番《ひとつがい》選んで乙の家に移し、その後に孵化した雛について、雌雄の割合如何と調べてみると、面白い事には乙の家に来て以後は雄を多く生むようになった。これから考えると、生れる雛の雌雄いずれが多いかという事はその親鳥の食餌《えさ》や鳥屋の温度その他の周囲の状況できまるものだという事が分る。もし他の諸動物についても同様の事があるかないか調べてみたら面白いだろう。

      指頭の渦紋

 人間の指の渦紋の形は生れ落ちてから死ぬるまで変らないもの故、人間の見覚えをするには最もよい目印しである。それで現に罪人などの指形を紙に写しておいて再犯の時の参考にする事がある。これならば額のほくろや瘤《こぶ》などよりは確かな事は勿論であろう。そこで十本の指の紋がことごとく符合するようなものが二人以上あるだろうかと云うに、ある数学者の計算した結果によればザット六十四万億以上の人間を集めなければ同じ指の人は二人とはあるまいという事である。世界の人口|悉皆《しっかい》でもわずかに二十億に足らずだから、先ず同じ人はないと見てよかろう。今に指形を印に親子の再会などという新聞種が出来るかも知れぬ。
[#地から1字上げ](明治四十年九月七日『東京朝日新聞』)
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         四

      脳髄の重さ

 仏国の某学者が、種々の動物について、その全体量と脳髄の重量との比例を調べてみた。その結果によれば、比較的重い脳をもっているものは人間の外に手長猿、鸚鵡《おうむ》、はつか鼠、駒鳥などで、これらのものの脳は体量の二十分の一ないし百分の一くらいの目方である。百分の一近辺のものは猩々《しょうじょう》、鹿、猫など、それから下って百分の一より千分の一の間にあるのが麒麟《きりん》、象、羚羊《かもしか》、獅子、袋鼠、鷲、白鳥、雉《きじ》、鼠、蛙、鯉など、なお一層下って千分の一より一万分の一の間には海馬《セイウチ》、鯨、鰐《わに》、海鰻《あなご》、章魚《たこ》などがひかえている。それで現世界における動物の脳の目方は体量の二十分の一以下万分の一の間にあるものと思えばよい。尤も畸形児などでは大きな頭のもあるがそういうのは別である。右の結果で鸚鵡が比較的重い脳をもっている事や、象などが鼠や蛙と相伍しているのはちょっと面白い。

      野獣の写真

 動物園で色々の野獣の形状だけは見る事が出来ても、その天然の棲所《すみか》でどんな挙動をしているかという事は分らぬ。殊に人目を嫌って逃げるものや、夜間のみ出あるく獣の天真の態度はなおさら知り難い。が、近頃自働的写真器械を森や藪に仕掛けて野獣自身に写真を撮らせた人がある。これには写真器械から小さい糸を前方に張り、獣がこれに触るると同時に器械のシャッターが開いて種板に写る仕掛けがしてある。また夜間ならば糸に触れると点火器の引金が落ち、マグネシウムがパッと燃え上がって、動物は驚いて遁《に》げる間のない中《うち》にカメラに写される。こうして撮った写真を現像する時には、どんな獣が写っているか予《あらかじ》め分っていぬだけ非常に楽しみなものだそうな。

      談話に費やす労力

 人間が談話をしたり、歌ったり、演説したりする時には、肺の中の空気を若干の圧力で押し出しているが、このために要する器械的の仕事はどれだけであるか、平たく云えば一時間しゃべるにはどれだけの労力をするかという事を測定した人がある。この結果に拠れば、広い室で演説する場合ならば、一時間につき一四四ないし二八八キログラムメートルの仕事をする。もう少し分りやすく換算すれば、一秒ごとに三十五匁ないし七十匁くらいのものを一尺くらい持ち上げるのとほとんど同じくらいである。普通の対話ならばこの五分の一くらいなものだという。但し演壇をあ
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