ちこち歩き廻ったり、拳固《げんこ》を振りまわす労力はこの外であるのは勿論の事だ。
[#地から1字上げ](明治四十年九月十五日『東京朝日新聞』)
[#改ページ]
五
土を食う人間
各種の土や灰を食う人間はあまり珍しくない。我邦でも昔から壁土や土器《かわらけ》をかじる子供があるが、他人種でもやはり胃病やヒステリーあるいは悪阻《つわり》のために土を食いたがる者が往々あるそうである。南アメリカの一部では土人のみか白人までも病的に土を嗜《たしな》み、子供などは夜中に壁の泥や漆喰《しっくい》を剥がして食うから、それを制するため仮面を着せて寝かせるそうである。以上は病的な例であるが、また一方では一種の風味のために食用にする事がある。昔ローマ人は穀物に混じてプテオリという土地から出る白堊《はくあ》を食ったという。ボルネオ辺では菓子に粘土を使う。ボリビアでは馬鈴薯《じゃがいも》に粘土のソースをかけて食う。ペルシアでも塩気のある土を食う。それからセネガル地方では米に土を交ぜて食うが、これは単に腹を膨《ふく》らせるためで味がよいためではないらしい。インドでは饑饉の時灰や土を木の皮に交ぜて間に合わせる事がある。また医薬として土を用いた例はアルメニアやスペインにもある。それから魔法を使うために土を呑む事もあるそうである。土を食う分量はもとより一定せぬが、オットマック土人は一日に半ポンドも食うという。食い方は生で食うのも焼いて食うのもあり、また粉のままで食う事もあれば、人の形、動物の形あるいは皿のような形にこねてかじる事もあるという話である。
航海の未来
近頃英国の製鉄所で所長のサー・ヒュー・ベル氏が愉快な未来記めいた演説をやった。すなわち遠からざる将来において、船には蒸気機関のような重い場ふさげなものは入《い》らなくなり、ナイアガラ辺で起した強大な電力を無線電信で洋上の船に送り、軽少な器械で巨船を動かすような事になるだろう。今日こんな話はあまりに夢のように聞えるかも知れぬが、過去百年間の歴史に鑑《かんが》みればそのくらいな事は出来るはずだと云ったと聞き及ぶ。
[#地から1字上げ](明治四十年九月十七日『東京朝日新聞』)
[#改ページ]
六
結核の初期診断法
一時有名であったコッホのツベルクリンは、その後ただ結核病の診断にのみ用いられていた。すなわち結核の疑いある患者にこれを注射すると、もしそうであれば発熱などの反応を起すからわかるというのであった。しかるに今度仏国のカルメットという人の発表した所に拠ると、酒精《アルコール》で沈澱させたツベルクリンの一プロセント溶液を眼に点ずると、健康体ならば何の異状も起らぬが、少しでも結核のあるものならば、二十四時間内に充血して紅くなるという事である。千人近くの患者について試験をしてこの事を確かめたが、ある場合殊に小児などでは、他の方法でどうしても知れなかった結核の存在をこの法で見付けたと称している。
[#地から1字上げ](明治四十年九月二十六日『東京朝日新聞』)
[#改ページ]
七
アフリカの杜鵑《ほととぎす》
アフリカに、杜鵑の一種で俗名を「蜂蜜の案内者」と称する鳥が居る。蜜蜂の巣の所在を人に知らせるからこういう名が付いているのだそうな。しかるに近頃ある動物学者が調べた処によれば、この鳥は普通の杜鵑のように、他の鳥の巣へ自分の卵を産んで孵化させるのみならず、一層性の悪い事をする。すなわち巣の中にある他鳥の卵、云わば我子の乳兄弟を嘴《くちばし》で突き破って殺してしまうそうである。それが万一|僥倖《ぎょうこう》に助かって孵化しても、親に似て性の悪い杜鵑の雛鳥に鋭い嘴で啄《つつ》き出されてしまうという。
家の貧富と子供の体格
近頃スコットランドの文部省でグラスゴー府の小学児童の体格検査をした結果を発表した。この報告によれば親が貧しくてただ一室だけに住まっているものは、体量も身長も最劣等であるが、二室持っている者の子はこれよりは少し良く、三室、四室と増すに従ってだんだん良くなる。例えば男児だけについて見ても、二室のものの子は四室の者の子に比べて平均十一ボンド七分軽く、四・七インチ丈が低い。女の児の方はこれよりも一層この差が大きいようである。つまり貧家の子供は自然に栄養その他の欠乏から体格が悪くなるのだろう。
[#地から1字上げ](明治四十年九月二十八日『東京朝日新聞』)
[#改ページ]
八
煙の中で呼吸する器械
仏国のチソーという人が、煙や硫気その他の毒瓦斯《どくガス》の中で仕事をする人のために呼吸器を作って発表した。背嚢《はいのう》の
前へ
次へ
全18ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング