てやっていたが学生中に眼病が非常に出来て困った。そこで電灯の下に反射鏡を取り付け光を天井から反射させるように改良したら、その後は眼を病む者がサッパリなくなったという事である。
[#地から1字上げ](明治四十一年三月二十九日『東京朝日新聞』)
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         七十

      料理に音楽     

 近頃シカゴ市で電気応用諸器械の展覧会があったが、これに関する同地の新聞の記事中に次のような奇抜な意匠が述べてある。すなわち料理番が肉なり野菜なりを竈《かまど》に仕かけて煮えるのを待っていると丁度よい時分には電気仕掛けのピアノが鳴り出す、その煮物に相応したような曲を奏するというのである。あまり面白過ぎたような考案ではあるが、如何ほどまで電気が万能な勢力《エネルギー》であるかという一例として御紹介するのである。但し考案だけで器械が出来たのではない。
[#地から1字上げ](明治四十一年三月三十日『東京朝日新聞』)
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         七十一

      土星の輪

 太陽系に属する諸遊星の中で土星を取巻いている輪ほど不思議な面白いものはない。ガリレオ以来幾多の星学者、物理学者の脳を苦しませた代物である。それでその形状なども充分に研究されていた訳であるが、この頃仏国のある高山の天文台で観測していたら従来人の知っている輪の外側にもう一つボンヤリした輪のある事を発見した。この輪がこれまで発見せられなかったのは、従来の観測は皆低地でするのみであったため、下層の濁った空気に障《さえぎ》られて見えなかったのだろうという事である。

      科学の通俗講義集

 近頃コロンビヤ大学で最近の科学の進歩を通俗的に講義した小冊子二十二篇を出版した。なるべく専門的な術語などを使わずにごくわかりやすく説いたものである。代価は一冊五十銭くらいで同大学の刊行になっている。この種の通俗講義の必要は何処でも感ぜられていたが、今率先してこれに着手したのは同大学の美挙といわねばならぬ。
[#地から1字上げ](明治四十一年三月三十一日『東京朝日新聞』)
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         七十二

      瓦斯《ガス》の液化

 水蒸気を冷せば水になる事は日常目撃するところだが、すべての瓦斯体も適当の寒冷と圧力を加えれば皆液体になってしまうはずである。炭酸瓦斯などは通常の温度でも圧縮すれば液化するが、空気のごときは摂氏零度以下百四十度という極寒に会わぬといくら圧縮しても液体にならぬ。近来瓦斯を液体にする事が大変に進歩して大抵の瓦斯は皆液化されるようになったが、独り空気中に混ぜるヘリウムのみはどうしても液体にならなかった。しかるに今年三月初めに至って和蘭《オランダ》ライデンの大学教授オンネス氏はついにこれをも液化し得たと伝えられる。
[#地から1字上げ](明治四十一年四月五日『東京朝日新聞』)
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         七十三

      露国政府と前世界の巨獣

 近頃シベリアの東北部ヤクーツク地方で、前世界の巨象マンモスの遺骸が発見せられたので、露国政府ではその研究のために学者を同地方に派遣することとなり、同国学士院の動物学博士等数名が出張を命ぜられたそうである。約一年余の時日を費やす予定で、その費用として一万六千ルーブル(約一万三千円)を国庫より支出することとなったそうである。露国政府が純粋な科学の方面にも冷淡でない一つの例として御紹介するのである。
[#地から1字上げ](明治四十一年四月八日『東京朝日新聞』)
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         七十四

      温泉中のヘリウム瓦斯

 前条にヘリウムの事を述べたついでにもう一つこの瓦斯に関する話をする。近頃鉱泉中にこの瓦斯が含まれている事が知られた。仏国で調べた結果によると〇・一ないし五・三プロセントくらいの割合で含まれている。これを採取するには液化した空気で冷却し木炭に吸収させるそうである。この瓦斯はもと太陽中に存する事は日光の分析から知られていてそのためにヘリウム(太陽素)と名づけられたが、しかし地球上の空気中にも存するという事はわずかに数年前発見せられたのである。最も軽いそして他元素と化合し難いものである。近年ラジウムの研究が進むにつれ、ヘリウムはラジウムより変化して出来るものだという事が知れ、元素というものは変化せぬ物だという従来の考えを打破ったので科学者の注目をひいている。
[#地から1字上げ](明治四十一年四月九日『東京朝日新聞』)
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         七十五

      唖に言語を教うる法

 電話や蓄音機の発明に依って有名なグラハム・ベル氏はまた唖者に言語の発音を教うる法に関する著者として知られている。近頃その著書の再
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