の統計に拠れば、過去二十一年間に過失から起った火災の損害は金高にして二億六千六百三十四万〇五十八ドルになる勘定だという。電線、落雷、地震、おまけに野火を加えても過失から起るものの数には足らぬそうである。
新しい白熱電灯
近頃トムソン・ボーストン会社で専売特許となった白熱灯の炭素線は純粋な石墨だという。これを作るには、油煙を電炉の中で摂氏三千度に熱したものに或る糊を混じて線状とし、これを四百度に熱して糊を炭化させるのだそうである。[#地から1字上げ](明治四十一年三月七日『東京朝日新聞』)
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六十六
黄金の産額
昨年中の世界各地で採掘された黄金の総額は六百七十四トンで、もしこれを集めて一塊とすればザット一丈四方に高さ九尺くらいになる勘定である。この内ほとんど三分の一はアフリカの南部から、また四分の一は北米合衆国およびアラスカから出たのだそうな。ついでにアメリカ発見以来去る明治三十三年までに該地で採った金の価額を見積ってみると二百五十億円ほどになるという。
樹木と遺伝
樅《もみ》などの種子を播《ま》いてその生長の遅速を試験してみると、低い土地から取って来た種子の方が高地から取ったのに比してよほど生長が早いという事がスイスやオーストリー辺で確かめられた。なお一般に種子の重さや生長期の長短あるいは病にかかりやすい度などもその種子を採った母樹の土地によほど関係するそうである。それでこういう樹の種子を選ぶには播種《はしゅ》すべき土地に応じて適当な処の産を用いねばなるまいという事を論じている人がある。但し樅の外の樹木にも同様の事があるかどうかは、まだよくわからぬようである。
[#地から1字上げ](明治四十一年三月十九日『東京朝日新聞』)
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六十七
新しい魔睡剤
塩化エチールを魔睡剤に使用せんと試みた人がある。その近頃に発表した論文によると、この薬剤に酸素を混じて試験用の動物に吸入させてみたが一時間ほどごく安静に魔睡し、睡りからさめる時も速やかに醒《さ》め切って、エーテルやクロロホルムのようにさめ際《ぎわ》の悪いようなことがなかったそうである。しかしまだ人間には試みてみぬが多分同様の好結果を得る見込みだとの事である。
写真の無線電送
近頃写真電送という事が大分評判になったが、従来の法はみな電線によって電流を伝えるのである。ところが、昨年の暮に仏国で試験したペルジョンノオ式というのは、長い導線を引かずに無線で写真を電送するのだそうな。パリとマルセーユ間で試験の結果、好成績を得たと伝えられている。
[#地から1字上げ](明治四十一年三月二十日『東京朝日新聞』)
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六十八
真珠の採取にX光線の応用
世界中の真珠産地で年々に採る母貝の数は夥《おびただ》しいものであるが、その中で真珠を含んでいるのは比較的に少ない、それで母貝の多数はつまり無駄に殺されてしまう事になる。もし貝を開かずに真珠の有無を験する事が出来れば非常に無駄が省ける訳である。ところが今から七年前にジュボアという人がX線で真珠貝の写真を撮り珠を験する事を考え出したが、なにしろ沢山な貝の写真を撮るのはかなりに手数でもあり費用もかかるところから、実業社会の注意を惹《ひ》くに至らなかった。しかるにまた近来ニューヨークのソロモンという人が同じ考えを起して大仕掛けに資本をかけてこの法を用いる事になったそうである。叺《かます》のような物に母貝を沢山に並べたのを一度に写真にとる。そして真珠のあるのはすぐに採り出し、ないのは養殖場へかえすそうである。この法が果して収支相償って利益があるかどうかは他日を待たねば分らぬが、とにかく米国人が科学の応用に熱心な一例と見る事が出来る。
[#地から1字上げ](明治四十一年三月二十一日『東京朝日新聞』)
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六十九
光線と眼
薄暗がりで読書などすると、じきに眼が疲れて来る。永く続けると非常に眼を害するのは誰も知る通りであるが、またあまり強い光も眼に害がある。例えば太陽などを長く見つめるのは恐ろしい病の基である。インドでは宗教上の迷信から太陽を強いて直視するために内障眼《ないしょうがん》を起す者が沢山ある。またロシアのある地方で牧牛が白皚々《はくがいがい》たる雪の強い光のため眼病を起すのを防ぐとて一種の眼鏡をかけさせた話がある。それほどに強くない光でも永い間には案外の害を及ぼすから、灯光などでもなるべく裸火を廃して磨硝子《すりガラス》の玉ボヤのようなものをかけた方がよい。近頃の話だが、米国のある夜学校で強い電灯を点じ
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