《ありか》がわかる。そして死後時間が経つに従っていよいよ明白になる。生きているうちは内臓が絶えず動いているから写らぬのだろうという説になっているらしい。
[#地から1字上げ](明治四十一年一月二十六日『東京朝日新聞』)
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六十一
猿と蛇
いろいろの動物について試験してみると、蛇を怖れるは猿猴《えんこう》の類に限る、但しその中で狐猿《きつねざる》という一種のみは蛇をしかけても平気だという。
窒扶斯《チフス》菌の寿命
北米シカゴ市ではミシガン湖から用水を取っているので市中の下水を湖水に流し込む訳に行かぬ。それで下水|溝渠《こうきょ》はすべてこれをミスシッピイ河に放流してしまうようになっている。ところでその下流なるセントルイ市で窒扶斯が蔓延し、これはシカゴの病菌が下水とともに河を下って来るためだろうというところからやかましくなり、その結果、窒扶斯菌が水中で幾日間生きているものかという問題を研究せねばならぬ事になった。そこで色々試験をしてみた結果だというのを聞いてみるに、普通下水溝渠のごとき汚水中では精々四日間くらいしか生きていぬが、水が清浄なほど永く生きているそうである。しかし日光がよく当ればそれだけ早く死ぬる。いずれにしてもシカゴからセントルイまで三百二十二マイルの流れを下るには十一日くらいかかるから、この間には病菌は大抵死滅するだろうという事に帰着したようである。ついでに人体や湿土中における該菌の寿命は数週ないし数月にもわたるという。
[#地から1字上げ](明治四十一年一月二十七日『東京朝日新聞』)
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六十二
迅速なるX線写真
従来X線で人体の内部などを写真するに当って一つの欠点は照射時間の長い事である。つまり早撮りが出来ぬから運動している臓腑を写す事が出来ぬ。もしこの早撮りが成効すれば体中の活動写真が撮れる事になるのである。しかるに近頃ローゼンタールは特別な感応コイルを発明し、これによってX線を生ずれば喉頭の写真をわずか二秒間で撮る事が出来るという事を発表した。もう一息早くなれば遂には内臓の活動写真も出来るだろうと思われる。
[#地から1字上げ](明治四十一年一月三十日『東京朝日新聞』)
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六十三
マホメットの墳墓
トルコ皇帝陛下は近頃メジナにある回々教祖《フイフイきょうそ》マホメットの墓に電灯をつけて神聖な墓地の闇を照らそうという事を思《おぼ》し召《め》し立たれて英国の某会社に右の工事一切を御下命になったと伝えられている。
女皇陛下の電話
昨年の暮ポルトガルの女皇アメリー陛下がパリに御滞在中の出来事である。一日パリ・ロンドン間の長距離電話に故障があってただ一線しか通じないので、電話申込人は何十人もつかえて順番の来るのを待ち兼ねている有様であった。その時ブリストル旅館から英京のバッキンガム宮へ通話を申込んだものがある。交換手は「七十五番ですからも少し御待ちなさい」とやると失望の嘆声が聞えてやがて「アメリー女皇から英皇へ御話しがしたいのだが」と云った。そこで交換局では畏《かしこま》って早速接続すると女皇陛下は御満足で、ものの小半時間もゆるゆる後対話があった。他の電話申込人等はそんな事とは知らず、待てども待てども順番が来ぬ、殊にパリの銀行家など一刻を争う経済上の交渉をひかえているので気は気でない。時の立つうちにどんな事が起ろうかと青くなり赤くなったという話である。
[#地から1字上げ](明治四十一年二月四日『東京朝日新聞』)
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六十四
煤煙問題
ロンドン地下電鉄会社の発電所で焚《た》く石炭の煙がウェストミンスターの町へ掛かって損害を与えるというので、同市会から会社を相手取って訴訟を起した。が審理の結果、同会社の煙突から出る煤煙は十分な設備によって清められたものであって、そんなに害毒を生ずるような悪い煙でないという事になり、この訴訟は却下になったそうである。
面白い電灯
近頃室内に取りつけまたは卓上に置く電灯に面白い自働装置を附したものが工夫された。例えば人形が電灯を持って立っているのならば灯が点ると同時に電灯を高く振りあげる。また柱などに竜や鬼の頭をつけ、夕方が来るとこれが口を開けて電灯を吐き出すような仕掛けになっている。
[#地から1字上げ](明治四十一年三月六日『東京朝日新聞』)
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六十五
過失より起る火災
放火や悪戯《いたずら》より起る火災は人の不注意から起る火災に比すればほとんど云うに足らぬ少数であるそうな。米国で
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