実物の赤い色ばかり撮ったものと緑色のみ撮ったものを交番に連ねる。かくして得たフィルムを普通の活動幻灯器で写し出し、同時にフィルムの後で赤と緑の膜を張った円板を廻転し、赤の光で撮った写真の出る時は赤の膜が来るように、緑の写真には緑の膜が出るようにすればよい。さすれば二色の写真が迅速に引続いて交互に現れるから、眼には丁度二色の写真を重ねて見るとほとんど同じ結果になり、従ってほぼ天然色に近いものが現れるのである。従来の三色写真に対しただ二色をもって如何なる程度まで天然色を模する事が出来るかは多少疑問であるが、とにかく相応の好結果を得たと伝えられている。この写真並びに幻灯に用いる赤緑二色の膜の色が最も研究を要するところであるらしい。
[#地から1字上げ](明治四十一年六月二十八日『東京朝日新聞』)
[#改ページ]

         八十六

      写真の無線電送

 写真電送という事が近頃大分流行の話柄となり、先達て仏国で無線電送の試験をしたとの記事もあったが、この頃また英国でクニューデンという人が非常に簡単な写真図画等の無線電送法を発見し大分評判になっているようである。その法はなんでもない。写真の種板が十分乾かぬうちに粉のようなものを振りかけると、光に感じている処だけ粉が粘着しそこだけ突起する。そこで今この種板の面に接近して針のようなものを万遍なく動かし、針の尖端が板の全面を隈なく通過するようにする。そして針と種板に発電器の両極をつないでおけば、針が種板の突起すなわち光に感じた部に触れるごとに電流が通る。この電流で適当の電波を起せば、この波は空中を伝わって目的地に達し受信器に感じて普通の無線電信と同様小さい針を動かす。この針の下には煤《すす》を塗った硝子《ガラス》板のようなものを置き、この板の上を針が往復運動する事ちょうど発信所と同じくしておけば、針は煤《すす》硝子の上に現物とほとんど変らぬものを描き出すのである。発明者の考えでは、この法を印刷物に利用すれば、遠い異郷で毎朝出る新聞を同日同刻にそのまま見る事も出来るだろうとの事である。
[#地から1字上げ](明治四十一年七月四日『東京朝日新聞』)
[#改ページ]

         八十七

      死産児の鑑定法

 嬰児の死体を検してこれが果して本当に死んで後分娩されたかあるいは出産後死亡したかという事を容易に判別する新法が近頃仏国学士院の報告に発表された。その所説に拠れば、疑問の死体をX線で透して撮影すれば、もし本当の死産なれば体内の機関は一つも写らぬが、少しでも空気を呼吸したものなれば胃だけが現れる。またもし胃と腸とが写れば、その子は出生後一時間ないし十四時間生存していたものである。もし数日栄養をとらず生きていたのなれば胃腸の外に肺並びに肝臓が写る。また数日間食物で養われたものなれば内臓諸機関はいよいよ明らかで、なお腸部に発生する瓦斯《ガス》のためこの部が特に明らかに写るとの事である。
[#地から1字上げ](明治四十一年七月二十日『東京朝日新聞』)
[#改ページ]

         八十八

      科学者の不遇

 科学者が世界の文明に貢献し自国の栄誉を高めつつあるにもかかわらず一般に不遇であるのは何処《いずこ》も同じと見える。近頃英国の某新聞で陸海軍人の待遇を論じたのについて某科学雑誌記者は次のような事を云っている。「科学研究の重要な事は誰も認めているが何かの場合にはとかく不遇になりがちである。これはつまり国務大臣や宮中の人が科学に縁のない人ばかりだからであろう。先達て宮中の園遊会で音楽者、戯曲家、文学者を招待されたが科学者は呼ばれなかった」とこぼしている。

      蚊の撲滅

 北米バルチモアーでは蚊のためにいろんな病気の流行《はや》るのを防ぐために一昨年市会で二万円ほど支出して撲滅にかかったが、結果がよかったので今年また一万円ほど支出したそうである。方法はやはり水溜りに石油を撒《ま》き、井戸やタンクには金網を蔽《おお》うのである。
[#地から1字上げ](明治四十一年十月二十五日『東京朝日新聞』)



底本:「寺田寅彦全集 第十二巻」岩波書店
   1997(平成9)年11月21日発行
底本の親本:「寺田寅彦全集 文学篇」岩波書店
   1985(昭和60)年
初出:「東京朝日新聞」
   1907(明治40)年9月3日〜1908(明治41)年10月25日(不定期88回連載)
入力:Nana ohbe
校正:松永正敏
2006年7月13日作成
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