甲板で手拍子足拍子をとって踊った。土人の中には大きな石鹸《せっけん》のような格好をした琥珀《こはく》を二つ、布切れに貫ぬいたのを首にかけたのがいた。やはり土人の巡査が、赤帽を着て足にはサンダルをはき、鞭《むち》をもって甲板に押し上がろうとする商人を制していた。
 一時に出帆。昨夜電扇が止まって暑くて寝られなかったので五時半ごろまで寝た。夜九時にバベルマンデブの海峡を過ぎた。熱帯とも思われぬような涼しい風が吹いて船室《キャビン》の中も涼しかった。
四月二十五日
 十二使徒という名の島を右舷に見た。それを通り越すと香炉のふたのような形の島が見えたが名はわからなかった。
 一等客でコロンボから乗った英国人がけさ投身したと話していた。妻と三人の子供をなくしてひとりさびしく故国へ帰る道であったそうな。
四月二十六日
 午後T氏がわざわざ用意して手荷物の中に入れて来た煎茶器《せんちゃき》を出して洗ったりふいたりした。そしてハース氏夫妻、神戸《こうべ》からいっしょのアメリカの老嬢二人、それに一等のN氏とを食堂に招待してお茶を入れた。菓子はウェーファースとビスケットであった。
[#地から3字上げ](大正九年十月、渋柿)

     六 紅海から運河へ

四月二十七日
 午前|右舷《うげん》に双生《ツウイン》の島を見た。一方のには燈台がある。ちょうど盆を伏せたような格好で全体が黄色い。地図で見ると兄弟島《デイブルーデル》というのらしい、どちらが兄だかわからなかった。
 アデンを出てから空には一点の雲も見ないが、空気がなんとなく濁っている。ハース氏の船室は後甲板の上にあるが、そこでは黒の帽子を一日おくと白く塵《ちり》が積もると言っていた。どうもアフリカの内地から来る非常に細かい砂塵《さじん》らしい。
 午後乗り組みの帰休兵が運動競技をやった。綱引きやら闘鶏《ハーネンカンプ》――これは二人が帆桁《ほげた》の上へ向かい合いにまたがって、枕《まくら》でなぐり合って落としっくらをするのである。それから Geld Suchen im Mehl というのは、洗面鉢《せんめんばち》へ盛ったメリケン粉の中へ顔を突っ込んで中へ隠してある銀貨を口で捜して取り出すのである。やっと捜し出してまっ白になった顔をあげて、口にたまった粉を吐き出しているところはたしかに奇観である。Aepfel Suchen im W
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