イオリンを鳴らしている。菓汁《かじゅう》の飲料を売る水屋の小僧もあき罐《かん》をたたいて踊りながら客を呼ぶ。
船へ帰るとやっぱり宅《うち》へ帰ったような気がする。夕飯には小羊の乗った復活祭のお菓子が出る。夜は荷積みで騒がしい。
四月十二日
朝から汗が流れる。桟橋《さんばし》にはいろいろの物売りが出ている。籐《とう》のステッキ、更紗《さらさ》、貝がら、貝細工、菊形の珊瑚礁《さんごしょう》、鸚鵡《おうむ》貝など。
出帆が近くなると甲板は乗客と見送りでいっぱいになった。けさ乗り込んだ二等客の子供だけが四十二人あるとハース氏が言う。神戸《こうべ》で乗った時は全体で九人であったのに。
マライ人がカノーのようなものに乗って、わが船のそばへ群がって来て口々にわめく。乗客が銭を投げると争ってもぐって拾い上げる。I say ! Herr Meister ! Far away, far away ! One dollar, all dive ! などと言っているらしい。自分はどうしても銭をなげる気になれなかった。
船が出る時|桟橋《さんばし》に立った見送りの一組が「オールド・ラング・サイン」を歌った。船の上でも下でも雪白の服を着た人の群れがまっ白なハンケチをふりかわした。
[#地から3字上げ](大正九年八月、渋柿)
四 ペナンとコロンボ
四月十三日
……馬車を雇うて植物園へ行く途中で寺院のような所へはいって見た。祭壇の前には鉄の孔雀《くじゃく》がある。参詣者《さんけいしゃ》はその背中に突き出た瘤《こぶ》のようなものの上で椰子《やし》の殻《から》を割って、その白い粉を額へ塗るのだそうな。どういう意味でそうするのか聞いてもよくわからなかった。まっ黒な鉄の鳥の背中は油を浴びたように光っていた。壇に向かった回廊の二階に大きな張りぬきの異形な人形があって、土人の子供がそれをかぶって踊って見せた。堂のすみにしゃがんでいる年とった土人に、「ここに祭ってあるゴッドの名はなんというか」と聞いたら上目に自分の顔をにらむようにしてただ一言「スプロマニーン」と答えた――ようであった。しかしこれは自分の問いに答えたのか、別の事を言ったのだかよくわからなかった。ただこの尻上《しりあ》がりに発音した奇妙な言葉が強く耳の底に刻みつけられた。こんな些細《ささい》な事でも自分の異国的情調を高める
前へ
次へ
全27ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング