とした中庭にいっぱいになっていて、門の小川の水が表から床下をくぐってこの池へ通い裏田んぼへぬけるようにしてある。大きな鯉、緋鯉《ひごい》がたくさん飼ってあって、このごろの五月雨《さみだれ》に増した濁り水に、おとなしく泳いでいると思うとおりおりすさまじい音を立ててはね上がる。池のまわりは岩組みになって、やせた巻柏《まきがしわ》、椶櫚竹《しゅろちく》などが少しあるばかり、そしてすみの平たい岩の上に大きな竜舌蘭《りゅうぜつらん》の鉢が乗っている。ねえさんがこの家へ輿入《こしい》れになった時、始めてこの鉢《はち》を見て珍しい草だと思ったが、今でも故郷の姉を思うたびにはきっとこの池の竜舌蘭を思い出す。今思い出したのはこの鉢であった。
 池を隔てて池《いけ》の間《ま》と名のついたこの小座敷の向かい側は、台所に続く物置きの板蔀《いたじとみ》の、その上がちょっとしゃれた中二階になっている。
 あのころの田舎《いなか》の初節句の祝宴はたいてい二日続いたもので、親類縁者はもちろん、平素はあまり往来せぬ遠縁のいとこ、はとこまで、中にはずいぶん遠くからはるばる泊まりがけで出て来る。それから近村の小作人、出入り
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