く聞こえて、ふっと思い出すと共に、ありあり目の前に浮かんだのは、雨にぬれた竜舌蘭《りゅうぜつらん》の鉢《はち》である。
河野《こうの》の義《よし》さんが生まれた年だから、もうかれこれ十四五年の昔になる。自分もまだやっと十か十三ぐらいであったろう。きたる幾日|義雄《よしお》の初節句の祝いをしますから皆さんおいでくださるようにとチョン髷《まげ》の兼作爺《かねさくじい》が案内に来て、その時にもらった紅白の餅《もち》が大きかった事も覚えている。いよいよその日となって、母上と自分と二人で、車で出かけた。おりからの雨で車の中は窮屈であった。自分の住まっている町から一里半余、石ころの田舎道《いなかみち》をゆられながらやっとねえさんの宅《うち》へ着いた。門の小流れの菖蒲《しょうぶ》も雨にしおれている。もうおおぜい客が来ていて母上は一人一人にねんごろに一別以来の辞儀をせられる。自分はその後ろに小さくなって手持ちぶさたでいると、おりよくここの俊ちゃんが出て来て、待ちかねていたというふうで自分を引っ張ってお池の鯉《こい》を見に行った。ねえさん所には池があっていいと子供心にうらやましく思うていた。池はちょっ
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