の骨でも打つらしい単調な響きが静かな家じゅうにひびいて、それがまた一種の眠けをさそう。中二階のほうで、つまびきの三弦の音がして「夜の雨もしや来るかと」とつやのある低い声でうたう。それもじきやんで五月雨《さみだれ》の軒の玉水が亜鉛のとゆにむせんでいる。骨を打つ音は思い出したように台所にひびく。
 昼から俊ちゃんなどと、じき隣の新宅《しんたく》へ遊びに行った。内の人は皆ねえさんのほうへ手伝いに行っているので、ただ中気《ちゅうき》で手足のきかぬ祖父《おじい》さんと雇いばあさんがいるばかり、いつもはにぎやかな家もひっそりして、床の間の金太郎や鐘馗《しょうき》もさびしげに見えた。十六むさし、将棋の駒の当てっこなどしてみたが気が乗らぬ。縁側に出て見ると小庭を囲う低い土塀《どべい》を越して一面の青田が見える。雨は煙のようで、遠くもない八幡《はちまん》の森や衣笠山《きぬがさやま》もぼんやりにじんだ墨絵の中に、薄く萌黄《もえぎ》をぼかした稲田には、草取る人の簑笠《みのかさ》が黄色い点を打っている。ゆるい調子の、眠そうな草取り歌が聞こえる。歌の言葉は聞き取れぬが、単調な悲しげな節で消え入るように長く引いて、一ふしが終わると、しばらく黙ってまたゆるやかに歌い出す、これを聞いているとなんだか胸をおさえられるようで急にねえさんの宅《うち》へ帰りたくなったから一人で帰った。帰って見るともうそろそろ客が来始めて、例のうるさいお辞儀が始まっている。さっきから頭が重いようで、気が落ち付かぬようで人に話しかけられるのがいやであったから、ひとりで蔵の間へはいって八犬伝を見たが、すぐいやになる。鯉《こい》でも見ようと思って池の間へ行って見た。縁側の柱へ頭をもたせてぼんやり立つ。水かさのました稲田から流れ込んだ浮き草が、ゆるやかに回りながら、水の面へ雨のしずくがかいては消し、かいては消す小さい紋といっしょに流れて行く。鯉は片すみの岩組みの陰に仲よく集まったまま静かに鰭《ひれ》を動かしている。竜舌蘭《りゅうぜつらん》の厚いとげのある葉がぬれ色に光って立っている。中二階の池に臨んだ丸窓には、昨夜の清香のさびしい顔が見える。窓の縁に頬杖《ほおづえ》をついたまま、何やら物思わしそうに薄墨色の空のかなたを見つめている。こめかみに貼《は》った頭痛膏《づつうこう》にかかるおくれ毛をなでつけながら、自分のほうを向いたが、軽
前へ 次へ
全6ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング