る時、二階へ通う梯子段《はしごだん》の下の土間《どま》を通ったら、鳥屋《とや》の中で鷄がカサコソとまだ寝付かれぬらしく、ククーと淋しげに鳴いていた。床の中へもぐり込んで聞くと、松の梢か垣根の竹か、長く鋭い叫び声を立てる。このような夜に沖で死んだ人々の魂が風に乗り波に漂うて来て悲鳴を上げるかと、さきの燐火の話を思い出し、しっかりと夜衣《よぎ》の袖の中に潜む。声はそれでも追い迫って雨戸にすがるかと恐ろしかった。
明方にはやや凪《な》いだ。雨も止んだが波の音はいよいよ高かった。
起きるとすぐ波を見ようと裏の土堤へ出た。
熊さんの小屋は形もなく壊れている。雨を防ぐ荒筵は遠い堤下へ飛んで竹の柱は傾き倒れ、軒を飾った短冊は雨に叩けて松の青葉と一緒に散らばっている。ビール罎の花も芋の切れ端も散乱して熊さんの蒲団は濡れしおたれている。熊さんはと見廻したが何処へ行ったか姿も見えぬ。
惻然《そくぜん》として浜辺へと堤を下りた。砂畑の芋の蔓は掻き乱したように荒らされて、名残の嵐に白い葉裏を逆立てている。沖はまだ暗い。ちぎれかかった雨雲の尾は鴻島の上に垂れかかって、磯から登る潮霧と一つになる。近い岬の
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