嵐
寺田寅彦
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)朧《おぼろ》の門脇に捨てた貝殻に
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「門<困」、第4水準2−91−56]《しきい》
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)遠く切れ/\に消え入る唄の声
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始めてこの浜へ来たのは春も山吹の花が垣根に散る夕であった。浜へ汽船が着いても宿引きの人は来ぬ。独り荷物をかついで魚臭い漁師町を通り抜け、教わった通り防波堤に沿うて二町ばかりの宿の裏門を、やっとくぐった時、朧《おぼろ》の門脇に捨てた貝殻に、この山吹が乱れていた。翌朝見ると、山吹の垣の後ろは桑畑で、中に木蓮《もくれん》が二、三株美しく咲いていた。それも散って葉が茂って夏が来た。
宿はもと料理屋であったのを、改めて宿屋にしたそうで、二階の大広間と云うのは土地不相応に大きいものである。自分は病気療養のためしばらく滞在する積《つも》りだから、階下の七番と札のついた小さい室を借りてい
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