である。小屋のすぐ前に屋台店のようなものが出来ていて、それによごれた叺《かます》を並べ、馬の餌にするような芋の切れ端しや、砂埃《すなぼこり》に色の変った駄菓子が少しばかり、ビール罎《びん》の口のとれたのに夏菊などさしたのが一方に立ててある。店の軒には、青や赤の短冊に、歌か俳句か書き散らしたのが、隙間もなく下がって風にあおられている。こう云う不思議な店へこんな物を買いに来る人があるかと怪しんだが、実際そう云う御客は一度も見た事がなかった。それにもかかわらず店はいつでも飾られていてビール罎の花の枯れている事はなかった。
 誰れにも訳のわからぬこの店には、心の知られぬ熊さんが居る。
 自分は浜辺へ出るのに、いつもこの店の前から土堤を下りて行くから熊さんとは毎日のように顔を合せる。土用の日ざしが狭い土堤いっぱいに涼しい松の影をこしらえて飽き足らず、下の蕃藷畑《ばんしょばたけ》に這いかかろうとする処に大きな丸い捨石があって、熊さんのためには好い安楽椅子になっている。もう五十を越えているらしい。一体に逞《たくま》しい骨骼《こっかく》で顔はいつも銅のように光っている。頭はむさ苦しく延び煤《すす》けて
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