人もあつた。其後の先生の消息に就いては、しばらく何事も知らないで数年を過ぎた。大学二年の夏休みに逗子へ遊びに行つて、夕方養神亭の裏の海岸を歩いて涼風に吹かれて居た時、とある別荘らしい家の門前で思ひもかけず出遭つたのが蓑田先生で、その別荘が即ち先生の別荘であつた。先生の方でも未だ自分の顔と名前を覚えて居てくれた。さうして久し振で昔に変らず元気で愉快な話を聞いた。一寸東京へ帰つて居たいから今夜一晩此処へ泊つて留守番をしないかといふことになつて、計らず先生の別荘に一夜を過ごした、さうして縁側の籐椅子に凭れて海を見ながら先生の葉巻を吹かし、風月のボン/\をかじり、生れて始めての綺麗な羽根蒲団で寝た。食事も養神亭から女中が運んでくれた、雨戸の開閉もやつて貰つて、留守番とはいひながら天晴れ一夜の別荘生活をしたのであつた。
 帰京後一度麹町区一番町の邸に先生を訪ねた。郷里の田地を売つて建てたといふ洋館の応接間に通されて、此処でも生れて始めての工合のいゝ安楽椅子に坐らされた。此頃ソーシオロジーを研究して居ると云つて色々の書物を見せられた。どういふ話のつゞきであつたか忘れたが「兎に角君は、人間何も別にえ
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