取り寄せた「近世美術」を見たら、その中にロージャー・フライという人がこの花を主題にして描いた水彩があったのでそれがわかった。この絵に付した解説にこんな事が書いてある。「この絵はほんとうに特徴のスタディと呼ばるべきものである。物をそのままに見て、そして偏見なしに描こうとする近代の試みの好適例であるうんぬん。」壁に布切れやしわくちゃの紙片をだらしなく貼《は》りつけたのをバックにして、平凡な牛乳びんに二本のポインセチアが無雑作《むぞうさ》に突きさしてあるだけである。全体の感じはなるほど悪くないが、今|枕《まくら》もとにある本物と比べて見ると、どうもなんだか葉の排列のしかたがおかしい。植物学者の目で見ればこれは確かに間違っている。しかし前の解説を書いた美術批評家は上のような賛辞を呈している。この批評家のいっている事はずいぶんいいかげんのようにも思われるが、また考え直してみるとほんとうのようにも思われた。
 看護婦は毎朝これらの花鉢《はなばち》を室外へ持ち出して水をやってくれた。そのたびごとに廊下でだれかが「マアきれいな花ですこと」とぎょうさんにほめる声が聞こえた。ベコニアや蘭《らん》の勢いのい
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