病室の花
寺田寅彦

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)三越《みつこし》へ行ったついでに

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)偶然|丸善《まるぜん》から

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から3字上げ](大正九年五月、アララギ)
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 発病する四五日前、三越《みつこし》へ行ったついでに、ベコニアの小さい鉢《はち》を一つ買って来た。書斎の机の上へ書架と並べて置いて、毎夜電燈の光でながめながら、暇があったらこれも一つ写生しておきたいと思っていたが、つい果たさずに入院するようになった。
 入院の日に妻がいろいろの道具といっしょにこの鉢を持って来た、そして寝台のすぐ横にある大理石を張った薬びん台の上に載せた。灰色の壁と純白な窓掛けとで囲まれたきりで、色彩といえばただ鈍い紅殻塗《べんがらぬ》りの戸棚《とだな》と、寝台の頭部に光る真鍮《しんちゅう》の金具のほかには何もない、陰鬱《いんうつ》に冷たい病室が急にあたたかくにぎやかになった。宝石で作ったような真紅のつぼみとビロードのようにつやのある緑の葉とを、臥《ね》ながら
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