々な人間の間に師弟の関係を生じる一つの因縁にならないとは限らぬ。もしそうだとすれば先生と弟子とが同じ病気にかかる確率《プロバビリティ》は、全く縁のない二人がそうなるより大きいかもしれない。病気が同じならば同じ時候によけいに悪くなるのはむしろありそうな事である。こんな事を考えたりした。そしてその時にはこれがたいへんに確実な理論《セオリー》ででもあるような気がしたのであった。
 退院するころには蘭《らん》の花もすっかり枯れて葉ばかりになった。ポインセチアも頂上の赤い葉だけが鳥毛のようになって残っていた。サイクラメンもおおかたしなびてしまった。しかしベコニアだけは三つとも色はあせながらもまだ咲き残っていた。それでともかくもみんな退院の荷車に載せて持ち帰るつもりでいたが、あいにくその日雨が降りだした、そして荷車には雨おおいがないというので人力車で荷物を運ぶ事になった。それがために花鉢《はなばち》は皆残して行く事にした。看護婦に、迷惑だろうがどうにか始末をしてもらいたいと頼んだら「いただきます」と答えてニコニコしていたので安心した。ただO君からもらった寄せ植えの鉢《はち》だけはまだ花の色もあざや
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