りでもないと思われる理由はたしかにある。そう云った風に夢中になっているときには、暑さや寒さに対して室温並びに衣服の調節を怠るような場合がどうしても多い上に、身心ともに過労に陥るのを気持の緊張のために忘却して無理をしがちになるから自然風邪のみならずいろんな病気に罹りやすいような条件が具備する訳かと思われるのである。
そうだとすると、これは精神的の御馳走を喰い過ぎたために風邪を引くのだと、云えば云われなくもないであろう。
しかし、その当時に、当時には御馳走と思われた牛鍋《ぎゅうなべ》や安洋食を腹いっぱいに喰って、それであとで風邪を引いたというはっきりした経験はついぞ持合わせず、従ってM君の所説は一向に無意味なただの悪《にく》まれ口としか評価されないで閑却されていたのである。
ところが、おかしなことにはつい近年になってこのM君の無意味らしく思われた言葉が少しずつ幾分かの意味を附加されて記憶の中に甦《よみがえ》って来るような気がする、というのは、どうかして宴会や友達との会合などが引続いて毎日御馳走を喰っていると、その揚句《あげく》にふいと風邪を引くというような経験がどうも実際に多いような
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