成したかもしれないのである。
三 御馳走を喰うと風邪を引く話
昔、自分の勤めていた役所にMという故参《こさん》の助手がいた。かなりの皮肉屋であったが、ときどき面白い観察の眼を人間一般の弱点の上に向けて一風変ったリマークをすることがあった。その男の変った所説の一例を挙げると、自分が風邪を引いて熱を出したりしたとき「アンマリ御馳走を喰べ過ぎるんじゃあないですか」と云ってはにやにや笑うのであった。
御馳走を喰うと風邪を引くというのは一体どういう意味だか分からなかった。御馳走を喰えば栄養になり、喰い過ぎれば腹下りを起こすくらいのことは知っていたが、この、医学者でも物理学者でも何でもない助手M君の感冒起因説は当時の自分の医学上の知識を超越していたのである。
しかし、その当時気のついていたことは、何かしら自分の研究仕事にうまい糸口が見付かってそれですっかり嬉しくなって仕事に夢中になる、そういう時にどうもきまって風邪を引くらしいということである。尤もこれとてもそういう時にひいた風邪だけが特に記憶に残るので、それでそういう片手落ちの結論に導かれたのかもしれないが、しかし、そうばか
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