変った話
寺田寅彦

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)亀を這《は》わせ

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)清浄|無垢《むく》の人間

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から1字上げ]
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      一 電車で老子に会った話

 中学で孔子や孟子のことは飽きるほど教わったが、老子のことはちっとも教わらなかった。ただ自分等より一年前のクラスで、K先生という、少し風変り、というよりも奇行を以て有名な漢学者に教わった友人達の受売り話によって、孔子の教えと老子の教えとの間に存する重大な相違について、K先生の奇説なるものを伝聞し、そうして当時それを大変に面白いと思ったことがあった。その話によると、K先生は教場の黒板へ粗末な富士山の絵を描いて、その麓に一匹の亀を這《は》わせ、そうして富士の頂上の少し下の方に一羽の鶴をかきそえた。それから、富士の頂近く水平に一線を劃しておいて、さてこういう説明をしたそうである。「孔子の教えではここにこういう天井がある。それで麓の亀もよちよち登って行けばいつかは鶴と同じ高さまで登れる。
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