必然だと思われるように表われているかが分るだろう。そればかりでなく如何に多くの新しい知識を吾人に教えているかが分るだろう。但しそれは何も作家の学問的知識から生れたものでなくて、芸術家としての鋭利な直感によるのが普通ではあろうが、ともかくもそこに現われているものは立派な科学的事実でしかも吾人にとって新しいものである。そうでない場合には浅墓な三面記事と選むところはないのである。
 前に云った第一の方法、すなわち心理過程の追究を読者に任せる方法でも、その読者を導いて普遍的な心理的経験を遂行させる事が必要であるが、その作に価値を与えるためにはその経験が単に普遍であるのみならず、それが読者にとってなんらかの意味で新しいものであり、また更に新しい問題を提供するものでなければならない。それは必ずしも科学的なものでなくてもいいので、宗教的道徳的社会的のものでいいが、同様に科学的のものであってもいいのである。
 ありのままの事実によらず、作者の想像を多く混入した写実派あるいは自然派の小説や戯曲のごときものは、もはや普通の意味において事実の叙述でない。しかしそうかと云ってそれはまた嘘でもない。ある真実なる
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