作物の価値に影響を及ぼす訳である。ただ幸いな事には心理学上の方則は物質科学のそれのように単義的な因果関係を与えない。そこには意志と称する非科学的な要素が強く作用しているために、一定の資料によって心理過程を単義的に予報する事が出来ない。従って、作者の心理過程の描写の正否を判断する標準が判然としていない。これは精神科学が物質科学ほどに堅固な地盤におかれていない所以である。同時にまたかくのごとき文学の可能な所以でもある。もしこれらの問題がことごとく科学的に片付けば、すべては、「学」になって、もう「術」はなくなってしまう。しかしそうは云うものの、人間の心理にはやはり科学的に取扱われ得る部分がかなりにある事は拒み難い事実である。それで吾人がこの種に属する作品を読む時に明白に心理学の知識と背反するような描写に出会った時には、吾人の見たその作物の価値は著しく減殺されるのである。そような場合の著しい実例は往々新聞の三面記事などに見出される。例えばある人の自殺の動機などについて驚くべき無理解な叙述に出会う事がしばしばある。これに反して著名な作家の作品を見れば如何にこれらの場合における描写が科学的に普遍で
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