れば、物理学を神の掟のように思って妄信《もうしん》してしまうか、さもなくば反対に物理学の価値を見損なって軽侮してしまうかの二つに一つである。
 物理の実験である予定の結果に到達しようとするには、その結果を支配し得べきあらゆる条件要素を考えてみて、眼前の目的とする原因のみを特に作用させ他の要素は出来得る限りこれを除き、簡単にしあるいは一定にしなければならぬ。しかるにこの種々な要素の数はなかなか多くてこれに注意を配るのはあまり容易な事ではない。必然に成効するためにはすべての点に対する注意が円満に具足しなければならぬ。誠に簡単なような実験でもその成効を妨げるような条件は無数にあって、成効の途はただ一つしかない。少し油断をすると思いがけない掃除口から泥棒がはいるようなことになる。例えば天秤《てんびん》で重量を測るにしても、箱の片側に日光が当って箱の中の空気の対流を生じたり、腕の比が変ったり、蓋の隙間から風がはいったり、刃のところに塵がたまっていたり、皿に水滴が付いていたりするのに、このような事には一切構わず、ただ機械的に「物理実験法」に書いてある方式通りの測り方をするようでは実験を練習する甲斐
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