はほとんどない。これでは小使にでもやらせてその結果の報告を聞くだけでもよいようなものであろう。ビーカーに水を汲むのでも、マッチ一本するのでも、一見つまらぬようなことも自分でやって、そしてそういうことにまでも観察力判断力を働かすのでなければ効能は少ない。使用する器械が精巧なほど使用の注意も複雑になるから、不注意に機械的申訳的にやるのでは却って粗末な方法でするよりも悪い結果になることが往々ある。先生の方で全部装置をしてやって、生徒はただ先生の注意する結果だけに注意しそれ以外にどんな現象があっても黙っているようなやり方では、効力が少ないのみならず、むしろ有害になる虞《おそれ》がある。御膳を出してやって、その上に箸で口へ持ち込んでやって丸呑みにさせるという風な育て方よりも、生徒自身に箸をとってよく選り分け、よく味わい、よく咀嚼《そしゃく》させる方がよい。すぐ消化され吸収されるものばかりでなく、折々は不消化物も与えないと胃の機能が衰えるようなもので、実験中に起るべき種々の困難に出来るだけ遭遇させ、漸次これを除いて最後の結果に到着すると同時に、目的以外の現象にも注意してそれを等閑《とうかん》に附せ
前へ 次へ
全11ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング