れないのである。
五
昨夜古いギリシアの兵法書を読んでいたら「夜打ちをかける心得」を説いたくだりに、狗吠《こうはい》や鶏鳴を防止するためにこれらの動物のからだのある部分を焼くべしということが書いてある。お灸でもすえるのかと思う。この本の脚注に、昔パルティア人が馬のいななくを防ぐためにそのしっぽをしっかりと緊縛するという方法をとった。そうすると馬は尻尾の痛苦に辟易していななく元気がなくなると書いてある。どうも西洋人のすることは野蛮で残酷である。東洋では枚《ばい》をふくむという、もっと温和な方法を用いていたのである。同じ注に、欧州大戦のときフランスに出征中のアメリカ軍では驢馬のいななくのを防ぐために「ある簡単なる外科手術を施行した」とある。やはり西洋人は残酷である。
昨夜これを読んだけさ「南北新話」をあけて見ると
[#ここから3字下げ]
夜の明けやすい白無垢は損
惟光《これみつ》が馬はしのばずいなないて
[#ここで字下げ終わり]
という付け合わせが例句として引用されている。その前に「前句のすがたをうずたかく見いだしたる句に」という前置きがあり、後に「これ扇に夕がおのころな
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