しあまりにきちんとして近より難いような気もしたのであった。今日になって漱石四方太二人の俳句や文章を並べてみても、この対照が実にはっきり見えるような気がするのはあながち自分ばかりではないかもしれない。
四
去年の夏であったか、ある朝玄関へだれか来たようだと思っていると、女中が出ての取り次ぎによると「俳句をおやりになるAさんというかたがお見えになりました」というのである。聞いたことのない名前である。出て見るとまだ若い学生のような人であるが、無帽の着流しで、どこかの書生さんといった風体である。玄関で立ったまま来意を聞くとさげていた小さなふろしき包みを解いて中からだいぶよごれた帳面を出した。それになんでもいいから俳句を書いてもらいたいという。近くに田舎へ帰るので、できるだけ多くの俳人に自筆の句をもらってみやげにしたいというのである。帳面は俳句日記かなんかの古物であったかと思うが、明けて見るとなるほどいろいろの人の手跡でいろいろの句がきたなく書き散らしてある。自分は俳人でもないからと一応断わってみたが、たってと言われるので万年筆でいいかげんの旧作一句をしたためて帳面を返した。する
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