をしている」といったような意味のことであったと思う。同じようなことを一度ならず何度も聞かされたように思う。
 この、きちんとして、小ぢんまりしているという言葉が自分の頭にある四方太氏の風貌ときわめて自然に結びついて、それが自分の想像のスケッチブックのあるページへ「坂本四方太寓居の図」をまざまざと描き上げさせる原動力になったものらしい。その想像の画面に現われた四方太の住み家の玄関の前には一面に白い霜柱が立っている。きれいに片付いた六畳ぐらいの居間の小さな火鉢の前に寒そうな顔色をして端然と正座しているのである。
 文章会で四方太氏が自分の文章を読み上げる少しさびのある音声にも、関西なまりのある口調にも忘れ難い特色があったが、その読み方も実にきちんとした歯切れのいい読み方であった。「ホッ、ホッ、ホッ」と押し出すような特徴ある笑声を思い出すのである。
 ある冬の日の本郷通りで会った四方太氏は例によってきちんとした背広に外套姿であったが、首には玉子色をしたビロードらしい襟巻をしていた。その襟巻を行儀よく二つ折りにした折り目に他方の端をさし込んだその端がしわ一つなくきちんとそろって結び文の端のよう
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