明るい」と思うのであるが、次の瞬間にはもうその明るさを忘れてしまう。
札幌《さっぽろ》から出て来た友人は、上京した第一日中は東京が異常に立派に美しく見えるという。翌日はもう「いつもの東京」になるらしい。
けんかでなしに別居している夫婦の仲のいいわけがわかるような気がする。
五
ある地下食堂で昼食を食っていると、向こう隣の食卓に腰をおろした四十男がある。麻服の上着なしで、五分刈り頭にひげのない丸顔にはおよそ屈託や気取りの影といったものがない。※[#4分の1、1−9−19]リットルのビールを二杯注文して第一杯はただひと息、第二杯は三口か四口に飲んでしまって、それからお皿《さら》に山盛りのチキンライスか何かをペロペロと食ってしまった、と思うともう楊枝《ようじ》をくわえてせわしなく出て行った。
なんだか非常にうらやましい気がした。何がうらやましいか、そのときにはよくわからなかった。たぶん、飲んでも食ってもふくれない「胃」がうらやましかったのではないかと思われる。
食うものばかりではない、見るもの聞くものまでがことごとく腹にたまって不消化を起こす自分などのような胃の弱
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