昔北欧を旅行したとき、たしかヘルシングフォルスの電車の運転手が背広で、しかも切符切りの車掌などは一人もいず、乗客は勝手に上がり口の箱の中へかねて買い置きの白銅製の切符を投げ入れていたように記憶している。こんなのんびりした国もあるのかと思ったことであった。
今度の素人《しろうと》従業員は素人だけにいろいろのエピソードをこしらえた。室町《むろまち》から東京駅行きのバスに乗ったら、いつものように呉服橋《ごふくばし》を渡らずに堀《ほり》ばたに沿うて東京駅東口のほうへぶらりぶらりと運転して行く。臨時運転だからコースが変わったのかと思っていると、運転手が突然「オーイ、オイ、冗談じゃあないよ」とひとり言を言ってぐるりと車を引き返して呉服橋のほうへあともどりした。男車掌は知らん顔をして切符の数を読んでいた。乗客の一人は吹き出して笑った。
あるバスの女車掌は大学赤門《だいがくあかもん》前で、「ダイガクセキモンマエ」と叫んでいたそうである。
ある電車運転手は途中で停車して共同便所へ一時雲隠れしたそうである。こうなると運転手にも人間味が出て来るから妙である。
矢来下《やらいした》行き電車に乗って、理
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